虚実皮膜の間
最近、私一個人とセラピストという肩書きとの挟間で揺れ動くことがあります。というのは、セラピストとしては、もちろんトリートメントを続けていけば改善効果が高いので、なるべく続けてきてほしいとか、いろいろあげればキリがないのですが、その方にとっては、実はアロマ以外でも併用した方がいい場合や、他の療法も明らかに必要なときがあったりもするのですね。結局そういう時は、私ははっきりとアロマやリフレだけでは改善していくのは難しいから、こういう療法もあるから試してみたら、とか知り合いを紹介してリファーしています。ただこういうときに、ふと他のサロンだとどういう風にしているのだろう?と疑問に思うときがあるのです。以前に勤めていたサロンでは、とにかく続けていれば改善していくからというように教えられていたので、もちろんそこで働いていたときはそのようにお勧めしていましたし、他のサロンを紹介するなんていうのはもってのほかという感じだったのですが、明らかに、それではそのお客様にとっての根本的な問題の改善にはならないのではないかというケースに遭遇するたびに、上記のような疑問がいつも頭を掠めていました。
三島由紀夫が美輪明宏にあてた言葉で、「人は虚偽を以ってまごころを購(あがな)ふことには十中八緕ク敗するが、まごころを以って虚偽を購ふことには時あって成功する。しかもこの上もない花やかな虚偽を」というのがあるのですが、私は「虚偽を以ってまごころを購ふ」ことがどうしてもできない性質なので、いつも「まごころを以って虚偽を購ふ」方を選んでしまいます。それでも、一日も早くお客様の不調が改善されるためには、アロマだけでなく、他の療法もどんどんお勧めしていますし、他のサロンを紹介したりもしています。たとえその間はうちのサロンにこれなくなったとしても、ほとんどの方はまた戻って来て下さいますので、「時あって成功」しているのかもしれませんが・・(笑)。
上記の言葉は、近松門左衛門が女形のことを「虚実皮膜の間」というふうに表現した名句をからませて表現したそうですが、私も自分一個人とセラピストという肩書きの間で揺れ動くことが多々ありますが、そういう時は、いつも上記の言葉を思い出して「まごころを以って」接するようにしています。もちろん「この上もない花やかなまごころを」ですが。。。